■完璧な時代5
「きれいな人じゃん!」
「珠美ちゃんは、モデルのバイトしてるんだ」
「あんな人つれてったら、みんな、ビックリするぜ。ねえ、彼女の彼ってラグビーやってんの?」
「そう、明治のスタンド・オフ」
「なるほどね。こきたないサーファーとは比較にならないわけだ」
「そんなこと言うくらいなら、正行、野球やめなきゃ良かったじゃん」
レストランの窓ガラスにむかってシャドー・ピッチングをする彼にむかって、僕は言った。
「そうかもね。中学んときには、あそこの第二球場のマウンドで投げたことがあんだぜ。後輩にドラフトにかかった奴がいてさ。勝ち進んだんだ」
「桐蔭ぐらいから、声がかかんなかったの?」
「桐蔭ならね、考えたろうけど、野球だけの私立校じゃあね。将来ってものもある」
「将来を考えて、文学部ってのも、矛盾してるじゃん。僕なんか、それが理由で、ケイジュンにふられたんだぜ。文学部出の稼ぐ給料じゃ、ワタシを養えないって」
「いいじゃん、おかげで高坂教授の娘とつきあえるんだから!」
「つきあってる訳じゃないよ。夏乃先輩、同情してくれて、来てくれるだけだよ」
「でも、健太、お前って、見栄っ張りだよな」
「後輩の手前、応援の前日にふられましたじゃ、カッコがつかないだろ。それに、正行だって、ポン女の彼女に一年の分まで弁当作らせたじゃん」
「人聞きの悪いこと言うなよ! 俺が命じた訳じゃないよ。ミサオは優しいから、自分から進んで作るって言ってくれたんだ。健太、男の嫉妬は見苦しいぞ!」
「嫉妬してるのは、そっちじゃないか! ケイジュンや、珠美ちゃんがきれいだから。・・・。言っとくけど、夏乃先輩はもっと、もっと美しいぜ」
「なんだよ、棘があんな、その言い方。ミサオがあんまり美人じゃないみたいじゃないか」
「お前ら、なに、通りで喧嘩してんだよ」
いつの間にか、僕らの前に修が立っていた。
「探してたんだぜえ。なかなか、酒屋から戻んないから」
「もう夏乃先輩来ちゃったの?」
僕はあわてた。
「いやあ、そんなくだらないことじゃない。もっと大切な用だ」
「なんだよ、じゃあ、その大切な用ってのは?」
夏乃のことを重要でないと言われた僕は、深刻ぶる修に詰問した。
「波だよ、波。波に決まってんじゃん」
修は、当然だとばかりに答えた。
早朝のサーフィン・セッションが終わる時刻にまた電話をかけた修は、勝浦のマリブの波が割れていると言われたのだ。台風が台湾沖を北上中で、そのうねりが届き始めたらしい。
「修、バリでじゅうぶん乗ったじゃん。まだ、乗り足りないのかよ」
正行が、真剣な顔をしている修を茶化した。
「マリブだぜ、マリブ。よそのポイントじゃないんだ。もしかしたら、松部だって割れ始めるかもしれないし、サンドラ下は確実だ」
僕と正行は、顔を見合わせた。
「ポン女の彼女は、正行が波乗りするところを見たいって言ってるぜ」
「まあな。ミサオの奴、バリに行きたがってたんだけど、親に反対されてさ、俺一人で行っちゃったからな。野球より、海へ行きたいかもしんない」
「だろ。よし、正行は決まりだ。健太は?」
「こいつは、無理だよ。《美しい》夏乃先輩が来てくれるんだもんな」
「だけど、今夜の観戦コンパはどうするんだよ?」
僕は二人に尋ねた。
「それまでに、戻ってくりゃいいじゃん。銀座なら、海の方角に近い」
修は、すでに、行くことに決めていた。
「健太、お前だって、《マリブが割れてれる》の意味が分かんない訳じゃないだろう?」
それは、修の言う通りだった。サーフィンの初心者という時期はとうに過ぎていたし、僕は千葉の生まれなのだ。
「まあな」