■5

ハンスに誘われて、踊りに出た。
ヨーロッパ資本の、総合リゾートのむかいにあるディスコテークだ。
ダカールから来たバンドが歌うフランス語のソウルは、悪くなかった。
ダンス・フロアでは、様々な人間が入り混じって踊っていた。セネガル人の男と女、バック・パッカー風、平和部隊の隊員、バカンスの白人女、リゾートに泊まる太った男。そして、黒人の娼婦たち。
客を捕まえようとする女は、すっと寄っては男に話しかける。すでに捕まえた女は、男の突き出した腹を抱いて白い腕の中で踊る。
アナベルの姿を見かけた。
イシマエルと、その地元の仲間の男たちと来ていた。女は、彼女だけだった。
アナベルもこちらに気づいたので、目で軽く挨拶を交わした。
ハンスは落ち着かなかった。あたりを見回し、誰かを探していた。
黒人の若い女の一団が入ってきた。みな、体を露出させる服を着て、思わせぶりな化粧をしていた。
その中に、ひときわ美しい女がいた。
彼女の白い小さなタンク・トップからは二つの乳首が突きだし、蛇のフェイク・スキンの短いパンツは尻に吸い付いていた。
明滅する光の中でブロンズ色に輝く肌には、見覚えがある。
それは、昼間見た少女だった。
女たちが、私たちのところにやって来た。
ハンスはやっと笑顔になり、ひとりひとり紹介してくれた。
最後に、その美しい少女の肩を抱きながら言った。
「ジュヌビエブ、ワタクシの恋人です」
少女は私の頬にキスをした。
勘違いではなかった。彼女はポアゾンの香りがした。
女たちはさっと店の中に散らばり、白人の男たちと酒を飲みはじめていた。
私は、踊らないハンスの代わりにジュヌビエブと踊った。
踊りに飽きた彼女がハンスと店の奥に消えると、私はひとりで酒を飲んだ。
女の子のひとりが踊りにつき合ってくれたが、しばらくしてカウンターに戻って飲み続けた。
十三歳だと言う少女との会話は、はずむわけがなかった。そもそも、彼女のフランス語は会話に耐えられる代物ではなかった。
彼女は、この地域のアフリカ言語ウォロフを日常使うのだという。
「学校は嫌いだったから、フランス語は苦手」
「ごめんね。あいにく、僕は、ウォロフは話せないんだ」
そう私がこたえると、少女は笑顔をつくって立ち去った。
おせじにも美しいとはいえない顔。そんな顔がステージ・モデルのような体にのっているのが、滑稽というか、悲しかった。
「ノン!」
ジュヌビエブの叫び声がした。つづいて、ハンスが何ごとか怒鳴った。
少女は奥の扉から飛び出してきて、ハンスが追いかけて来た。
抱きとめようとする彼を振り払うと、ジュヌビエブはフロアで狂ったように踊りだした。股を開いて、腰をおろした、激しいダンスだった。
ハンスは私の脇でカウンターに寄りかかった。
そして、ダブルのパスティスを水なしで頼んで、いっきに飲みほした。
「彼女は、生意気な黒豚です!」
彼は、同じものをもう一杯頼んだ。
「聞いていただけますか? あの汚いメス犬は、ワタクシの贈り物をいらないと言うのです。ワタクシがはるばるドイツから運んできた自転車は、中古車だから乗りたくないと告げました。新車のマウンテン・バイクでなくては、嫌だと」
「・・・」
「ワタクシは、彼女を殴りました」
「・・・」
「しかたがありません。彼女の態度が悪すぎるからです。それから、あのような娼婦のような格好はするなと、服を換えさせようとしましたが、拒否しました」
ハンスはパスティスを喉に流し込んだ。
そして、踊っているジュヌビエブに近づいて、何ごとか話した。
彼女は彼を無視して踊り続けた。
ハンスはそばの椅子をけとばして、店を出ていった。
入り口にかけられた黒いカーテンの裏に彼の高い背が消えたとたんに、女たちがジュヌビエブにかけよった。
醜い顔の少女が口元の血をぬぐってやるのが見えた。
女たちに抱かれるようにして、ジュヌビエブはカウンターまで歩いて来た。
「このひとに飲み物を買ってあげて」
醜い少女が言った。
私がうなずくと、醜い少女はパイナップル・ジュースをバーテンダーに頼んだ。
ジュヌビエブはそれをひとくち飲むと、私の膝に顔をうめた。
「メルデ」
糞。そんな意味だ。
一度つぶやくと、今度は本当に怒りがこみ上げてきたようだ。
「メルデ!」
と私の股にむかって吠えた。そして、あらん限りの力で私の両脚を抱きしめた。









私は、少女たちといっしょにディスコテークを出た。
かなり酔っていた。
ジュヌビエブが顔を上げるまでは、私も動けなかった。だから、酒を飲みつづけた。
外には、当然、ハンスの車は見あたらなかった。
歩いて宿(オーベルジュ)まで戻ろうかと迷う私の手を、ジュヌビエブがとった。
「来て」
彼女はその手を握って歩きだした。
ヒンヤリとした汗を私は感じた。
少女たちは共同で一軒の家を借りていた。その家というよりは「小屋」に近い建物は、すぐそばにあった。
部屋に入るなり、私はマットレスの上に崩れおちた。
水がほしかったが、アフリカの井戸の水は飲めなかった。
外から少女たちの忍び笑いが聞こえたと思ったら、ジュヌビエブが部屋に入ってきた。
闇の中で、ベルトを外す音がした。
ポアゾンの匂う体が、私の背後に横たわった。
抱くのなら、寝返りをうつだけでよかった。彼女もそのつもりなのだ。
熱っぽい裸が、私の隣で待っている。
息苦しい時間が流れた。
結局、私は抱かなかった。
怖くて抱けなかった。
美しい肉とひとつになるかわりに、死ぬのは怖かった。
夜が明けた。
私が目覚めたときには、ジュヌビエブはもういなくなっていた。
土壁に開いた穴から、朝日が射し込んでいた。
粗末な室内には、家具などなかった。
自分が横になっていたマットレスは、土間の上にじかに置かれていた。
部屋のすみには段ボール箱がならび、垢に汚れた服が投げこまれていた。
ジュヌビエブたちが井戸で水浴びをするざわめきが聞こえてきた。
私が戸口に立つと、少女らは嬌声をあげて体の前を隠した。
ジュヌビエブは腰をかがめて後ろをむいたので、尻をこちらに突きだすかっこうになった。
それに気づいて向きをかえると、今度は肌と同じ色をした縮れ毛があらわになった。
たき火で飯を炊いていた少女が、それを見て笑った。
私も笑った。
彼女も笑った。
「ボンジュール」
「ボンジュール」
私の挨拶にこたえる声が恥ずかしげだった。
チリン、チリン。
錆びついたベルを鳴らして、自転車に乗った醜い少女が戻ってきた。自転車は、ハンスがジュヌビエブのために運んできた問題のプレゼントだった。
醜い少女は土塀に自転車を立てかけた。手には、どこからかもらってきた夕飯の残りを下げていた。
「さあ、朝ごはんよ」
「ウィ、ウィ」
少女にあいまいに言葉を返して、私はジュヌビエブをふたたび見た。
その視線に照れて、汲みバケツの中の水を彼女は投げてよこした。
私が難なくそれをかわすと、水は自転車に当たった。
鈍い音をたてて、自転車は泥水の中に横になった。

previous   home   next

inserted by FC2 system