■3

陽は高くなっていた。
フェリーはゆっくりと大河をかき分け、港に入った。
のんびりとした波止場も、にわかに活気だった。荷物を待つ人夫や旅行者を狙う客引きが駆け寄ってきた。
ロープが岸壁に投げられ、船が停まった。人と荷物がいっせいに降りだした。
私たちは混雑の中に巻き込まれた。
こんなときは、六フィート七インチのサーフ・ボードが邪魔になる。
私が岸に立ったときには、アナベルとイシマエルは町にむかって歩きだしていた。
ジゲンショーは、植民地の町だ。
アフリカにとけたフランスだ。
モスクとカフェ。区画の整ったゴミだらけの通り。拡声器からコーランの読経が流れる。焼きたてのバゲットの香り。迷彩服の兵士と、その妻。子連れの物乞い女。裕福そうな黒人の少女が、聖心 の制服を着て闊歩する。
引き締まった褐色の肉体。長く伸びた脚と手に、小さな顔がのっている。金があろうがなかろうが、セネガルの女たちは美しい。
バス駅(ガル・ルティエール)は、町のはずれにあった。
「サーフ・ボードは載らないよ」
オンボロのルノーに、人と荷物を積めるだけ詰めるブッシュ・タクシーには、ここで乗る。
さっそく私は断られた。
「大丈夫だ。屋根にくくりつければ」
と粘る。
が、ノン、ノン、運転手は首を縦に振らない。「壊れ物」のステッカーが貼られたボードを見て、こわしたときのことを恐れている。
「おい、乗るのか、乗らないのか?」
イシマエルが怒鳴った。
二人はすでに荷物を膝に抱いて、車の中に小さく収まっていた。
運転手は私を無視して、エンジンをかけた。
「スキリング岬は狭いから、きっと、どこかで、出会うわ」
走り去る車の窓から、アナベルが叫んだ。









「少し考えが甘かったな」
私がそう思う頃には、日が暮れようとしていた。
フェリー・ボートが入港した直後は、サッカーグラウンドほどの広場を埋めていたブッシュ・タクシーが、今は一台も見あたらない。
すべての車に乗車を断られ、私はただ草むらに立っていた。
「宿を探して、パスティスでも飲むか」
ジゲンショーの町は面白そうだとも思いはじめていた。
そんなときだった。
「車に乗っていきますか?」
やけに聞き取りやすい英語の声がした。
トラックを作り替えたオンボロのキャンピング・カーから、白髪頭の白人が顔を出していた。
「日本人ですか?」
「そうですよ」
「ワタクシはドイツ人です。アメリカ映画の中では、ドイツ人も日本人もいつも憎まれ役ですね。悪役同士のよしみです。乗っていきませんか?」
私が車に乗ると、中年男はハンスだと名乗った。
ドイツから車を走らせてきたと言う。
車内には、ベッドもキッチンもあった。そこに、家財道具一式が雑然と詰め込まれていた。古くなった自転車が二台もあった。
「スキリング岬には、恋人に会いに行くのです。自転車の一台は、彼女へのおみやげです。頼まれておりましてね」
ハンスはセネガル人の少女ジュヌビエブにダカールの街で出会ったと言った。少女はカフェで働いていたらしい。
「セネガルの女はキレイでしょう。その女たちの中でも、群を抜いて美しい女でした。ただ、歳ををきいてビックリしました。十五歳の娘とつき合ったら、ドイツでなら刑務所行きですから」
ハンスは手錠をかけられる真似をした。
「でも、アフリカでは、女には気をつけなければなりません。エイズのせいで、女と寝るのも命がけです。ウェイトレスなんかしていた娘で、外国人の私に誘われてすぐについてくるような娘です。他の観光客とそれまでだってずいぶんとあったに違いありません。もともと、アフリカでは、セックスは汚らしいものではないのです。おおらかに楽しむべきものなのです。だから、ジュヌビエブと寝る前に、医者に連れていって、HIVの検査をしました。ワタクシと、ふたりとも」
「で、結果は?」
「ええ、ふたりとも陰性でした。うれしくって、それから二十四時間セックスし続けました」
私は、ハンスに誘われるまま、スキリング岬のオーベルジュ・デ・ラ・ペに泊まることにした。

previous   home   next

inserted by FC2 system