■4

「平和の宿」という名の旅館(オーベルジュ)は、アメリカの平和部隊の若者たちに人気があるようだった。
ただ、他の旅行者にはそれほど人気があるわけではなかった。兵舎を並べたような客室は、ほとんどが空いていた。
ハンスはその一室をとり、私は離れてたったバンガローを選んだ。
すぐわきの崖の下は、長く伸びた黒い砂の海岸だった。遠浅の浜では、さざ波が走っていた。熱帯のきらめきが、しんと静まりかえるような海だった。
私は階段を降りて砂浜を歩いた。
海水浴には水は冷たく、ヨーロッパからのバカンス客はひっそりと体を焼いていた。体を焼かないセネガル人は、ただ海岸を歩いていた。
大きな波が来そうな気配は、まったくなかった。
浜では、子供たちのサッカーが始まった。
地元の女たちが動いたので、私も即席のグラウンドの外に出た。
若い女たちは、私のサーフ・ボードを物珍しそうに見た。
私も、彼女たちの体を見た。
鋭角的に空を向いた胸。小さく硬い尻。長い脚。生き物としての正しい肉体が、神々しい。輝く褐色の肌を、パリ直輸入のビキニの色が際だたせる。
私の視線に気づいて、女たちは逃げだした。他の女のかげに隠れたり、海にむかって走りだしたりした。女たちは見た目に反して、実はまだ幼いのかもしれない。
そんな中で、ひとりだけ違う女がいた。
彼女は私と目が合うと、こちらを堂々と見返した。敵意はない。そして、微笑んだ。
体も、他の女たちと違っていた。
肉体としてのあるべき美しさは同じなのだが、彼女の肌だけ別の光を放っていた。
胸と尻はかすかに豊かで、より熟していた。
風の中に、私はポアゾンを嗅いだ気がした。が、これは、私の思い違いかもしれない。
微笑む瞳は、それでも、おさなかった。
そんな少女を、私は、吸い込まれるように見つめた。









私はぼんやりと黒い砂浜を歩いていた。
波はなかった。
女たちからは、遠く離れた。
浜の行きつくところは、すぐ先だ。
ギニア・ビサウとの国境近くらしい。兵士を山のように積んだトラックが数台、私を追い越していった。
椰子の木陰にテントが見えた。サーフ・ボードがのぞいていた。
「ハロウ?」
私は声をかけた。
フランス人の、サーファーと、そのガールフレンドが、顔を出した。
「どこか、このちかくで、波が立っているところはないかい?」
「いや、ダメだな。・・・。クラブ・メッドの脇の岩場は見た?」
男がこたえた。
「だめだったよ。そのそばに泊まってるんだ。そこから歩いてきたんだ」
「じゃ、どこでも、だめかな」
「ダカールから来たんだ。風が悪くてね」
「俺たちは、モロッコから、車で。波をさがしてきたんだよ。オン・ショアの風が強すぎて、どこも最悪。南に来れば来るほど、サイズも小さくなる。もう、レユニオン島にでも、行こうか話し合ってたところ」
「ここは、危険だし」
脅えから、ガールフレンドの声は、かえって大きかった。
「もう、お聞きになって? 軍か、ゲリラかが、細菌兵器を使ったらしいの。七人家族が、全員小屋の中で死んでいたのよ」
女は男を見た。
「ねえ、もうパリに帰りましょう」
「そうだな。・・・」
パリからなら安い航空券が買えるし、物価の高いラ・レユニョンでも、仲間のサーファー達と家を一軒借りれば大丈夫だと、男は言った。
「なんなら、いっしょに来る?」
そう彼にたずねられて、かえって私は、来そうにもないスウェルを待ってみる気になった。

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